[漫画の一言]『ブルーピリオド』Part9 —— やめときやめとき!大変だよー ”猫屋敷あも”やるのはー

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『ブルーピリオド』9巻の個人的名シーンです!

この巻は大きく2つのテーマがあります。

1つは、「ギブアンドギブ」
これは、猫屋敷あも先生が物語の中で描いてくれています。

「だって私の全部をギブしないとみんな私の作品見ないもん」

もう一つは「努力とは何か」

「努力は才能なのか」
「そもそも努力とは何か」

9巻の名シーン

やめとき やめとき!
大変だよー
”猫屋敷あも”をやるのはー

——猫屋敷あも

——どうやったら売れっ子になれるんですかー

作品のために何でもする
……それだけだよ

——猫屋敷あも

——やりますやります! あ でも最近彼氏が束縛やばくてー こないだ「絵と俺どっちが大事なの」とかガチで聞かれて マジか コイツって

じゃあ彼とのセックスを作品にすれば?

——えっ…… やばー うける……

何が?
なんでうけるの?
そいう作家のこと笑って見てるの?
そのブランドって作品良くするより大事?

——えっ…… あの……

そういうことだよ

作品よりも自分の方が大事なんだ

——猫屋敷あも

——ね……猫屋敷さんって常にそういう感じで疲れないんですか?
そいう感じ?
——いや人に気遣ってるっつーか……

だって私の全部をギブしないと
みんな私の作品見ないもん

——猫屋敷あも

むかつくなー
持ってるもの全部使って戦わない人間は

——猫屋敷あも

あんたも持ってるだろ
努力できるのは才能なんだから

僕はできない

努力は誰でもできることじゃない

——高橋世田介

——「努力できるのは才能」って言われると何もやってないって言われてるみたいで
論点がズレてるんだよね
「努力は才能」派は努力にかけてきた”コスト”の話をしてて
「努力できるのは才能」派はその人の”性質”の話をしているんだよ

でもそもそもソレってそんなに重要かな?
「才能」とか「努力」って言葉に囚われすげじゃない?

だってこれって努力とか才能がどうって話じゃなくてさ
自分に寄り添った言葉を選ばずに土足で踏み込まれれのが嫌って話でしょ?

人間は見ている結果でしか判断できないからねー
ゲームやってるときも画面の中だけで相手のことを決めつけたくなっちゃうこともあるけどさ
画面の向こうの相手に話聞きに行ったら俺なんかよりずっといろんなこと考えてたり
逆に動体視力とか俺よりも全然いいとかね……

「あの人は才能だから」も
「俺でもやればできた」も
批判でも賞賛でも
俺も無神経に一言で片付けちゃってたなーって

——鉢呂健二

努力できるのは環境じゃね

ビンボーだと努力すんのもすげーコストがかかるからハードモードだっつーの
つか俺だって戦場の兵士だったら絵なんか描くどころじゃねーし

——村井八雲

教授にボロクソ言われたからってダメな絵になるわけじゃねーだろ

——村井八雲

俺の大学一年生は基本へこむことばっかりだった
良く考えたら合格発表の時からずっと変だったな
内臓全部ずり落ちてるみたいな

体は軽くて空っぽで
でも落ちた内臓ひきずってるから
手足はずっと重い

俺にいろいろ言ってくる人も多分そこまで考えてしゃべってない
でも俺も自分が言われて嫌だった言葉で世田介くんのことを褒めてたんだ

——矢口八虎

……ずっと怖かった
いいアイディアが浮かんでも5秒後にはダメかもしれないってシャッター降りて
才能ある人は怖いけど
努力するのも怖い

絵を描きたいってどんな気持ちだったっけ
怖くて
怖くて
怖くて
落ちこんんだ
今も怖い
でも

いい加減
落ち込むのに飽きた

——矢口八虎

おわり

マシュー・サイドが書かれた『非才』という本では、「才能」について以下のように結論づけています。

「この世には遺伝的に決まる『才能』なんてものはない。全ては努力と運だ」

『非才』では、「才能」というものを断固として否定しています。

偉業を成し遂げる人たちは、凄まじいほどの努力、もとい練習をしています。
さらに、「運」を持っています。

ここでいう「運」とは、宝くじで一億円をえるといった「結果の運」ではなく、練習する上で最高の環境を与えられたといった「過程の運」です。

つまり、9巻でいうところの村井八雲と似たような結論です。

エジソンは、あの時に生まれ、あの環境で生活し、あの両親に育てられ、あの時代を生きたから「エジソン」であったのです。

エジソンはそういった「強運」の持ち主だったのです。

もし、縄文時代に生まれていたら、電気を開発する前に、槍を持ってマンモスを一体でも多く倒しに行っていたでしょう。



「私と同じくらい努力をすれば、私のようになれる」という人がいますが、僕は違うと思います。

その人は「その人」だったからこそ、成功できたのです。

まただからこそ、我々は我々だからこそ、できることもまたあるはずです。

今自分が与えられた環境で、できることに最大限のウィエイトをかける。

これこそが、本当の「才能」であり、「努力」だと僕は思います。

今に熱中しましょう。

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