【教養をつけよう】「名言」という巨人の背中に乗ろう!

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本日は、『人生の教養が身につく名言集——「図太く」「賢く」「面白く」 (三笠書房 電子書籍)』という本を紹介しようと思います。

「巨人の肩に乗っているから、遠くをみることできる」と言ったのは、フランスの哲学者であるベルナール・ド・シャルトルですが、私たちも偉人たちが残した言葉を知ることで、遠くを見れるようになるのかもしれません。

(参考文献)

人生の教養が身につく名言集―――「図太く」「賢く」「面白く」 (三笠書房 電子書籍)

「笑いこそ、人間の持つ唯一、かつ強力な武器である」

『トムソーヤの冒険」で知られるアメリカの作家、マーク・トウェインは晩年に『不思議な少年』と言う作品を書きました。

作品の主人公は、不思議な力を持った「サタン」と言う少年です。

彼は親しくなった村の少年3人を不思議の世界へと誘います。ところが少年たちがそこで目の当たりにするのは、人間の愚かさや残酷さ、無力さなどでした。

「君たち人間てのは、どうせ憐れなものじゃあるが、ただ1つだけ、こいつは実に強力な武器を持っているわけだよね。つまり笑いなんだ」

この作品には晩年のマークトゥエインの人生観がにじみ出ていると考えられます。

彼は晩年、出資していた企業が潰れ、巨額の負債を負うことになります。

それを返済するためにひたすら公演旅行を続け、疲労困憊に追い討ちをかけるように長女が亡くなり、妻や三女も病気になります。

そのような苦難の人生の中で書かれたのが、『不思議な少年』という作品です。

どんなに辛くても、笑う。

笑いこそが我々にとてつもないほどのエネルギーを与えてくれる。

そんなことを彼は伝えたかったのではないでしょうか。

歯がなくても生きて行ける動物は、人間だけ

「還暦過ぎれば人工生命体」

「長寿は、メガネと歯医者のおかげ」

動物は通常、歯がなくなれば生きていくことができません。

食べることができないからです。

ですが人間だけは、歯がなくなっても生きていくことができます。

また、これは現代に限った話ではなく、出土した数万年前のホモサピエンスの骨からも、死んだ後、数年生きていることが確認されています。

死んでもおかしくない状況でも、周りの助けなどがあり生きられたのです。

では、高齢者を生かしておく理由とはいったいなんなのでしょうか?

それは、「経験」「知識」「ノウハウ」です。

どこの森が安全だとか、どのキノコが危険だとか、地鳴りがしたら津波が来るとか。

そういった「知恵」が大きな理由です。

しかし、昔に比べ現代社会では、「知識」というものが非常に蓄積され、かつ高齢者がわざわざ伝えなくても簡単に得られるようになりました。

では、現代の高齢者がつなげるべきモノは、いったい何なのでしょうか。

『生物学的文明論』という本の中で、2つの方法が紹介されています。

1つは、若者が次の世代を産み育てられる環境を整えてあげること。

もう1つは、若い子達は子育てに専念できるように、健康も含めて自分たちのことは自分たちで面倒を見て、若い世代の足手まといにならないようにすること。

そこで、とても重要になるのが「健康」です。

日本はこれから人口が大幅に減少し、同時に、労働力も大きく不足します。

ですので仮にお金がなくなかったとしても、食っていくことには困りません。ただそれは「健康」であることが最低条件です。

お金を貯めるといった対策も重要ですが、同時に健康であることにも気を配るべきなのかもしれません。

「自家薬籠中の物」

唐の時代、 武 則 天のブレーンだった宰相に、狄仁傑(630~700)という人物がいます。

彼は、「科挙」という今でいう国家試験のようなものを実施し、非常に優秀な人たちを集め、当時の乱れた国政を立て直しました。

そのチームの一人に、元行沖という人物がいました。

彼はあるとき、狄仁傑に「私もあなたの薬箱の末席に置いてください」とお願いします。そこで、狄仁傑が答えた言葉が「自家薬籠中のもの」です。

つまり、「君はすでに私の薬箱の中で欠かせない人だよ」と言ったのです。

この言葉から、狄仁傑の薬箱には多様な薬(優秀な人物)があり、たとえどんな問題が発生しても揺らがない、という自信がかい見えます。

多様性を持ったリーダーがいると、組織は何事にも揺らがない、そして成長し続けるモノになるのです。

その対照的なのが、江戸時代の日本です。

「鎖国」によって外との繋がりを切ってしまった日本は、柔軟性をなくし、世界から取り残されてしまいます。

また、反乱を恐れた政府は、民に贅沢どころから、十分な食事さえも与えませんでした。

そのため、体がどんどん小さくなったのもこの時期で、日本人の平均身長や体重は、江戸時代が最小といわれています。

家康は、自分の「薬箱」が心配で、心配で仕方がなかったのです。

だから「病気」、トラブルの種である脅威をどんどん排除する政治を行いました。それじゃダメだと、日本の狄仁傑が立ち上がったのが、明治維新とうわけです。

多様性を重視すること。

勉学を怠らないこと。

歳を取っても若いものの意見をしっかり聞くこと。

そうすることで、「自分の薬箱には、多種多様な薬がある」と言う自信が持て、安心して生きていくことができるのだと思います。

薬箱に不安がある人は、とりあえず図書館という薬局に処方箋をもらいにいくのもいいかもしれませんね。

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