【わざ言葉】論理的に説明できないことにこそ価値がある

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「わざ言語」をご存知でしょうか?

人は何かをできるようになったとき、それを感覚的な言葉で表現できるようになります。

「わざ言語」とは?

「科学的な言葉では表現できない、身体に根ざした感覚の共有を促す言葉」を「わざ言語(Languages of Craft)」と言います。

より簡単にいうと、「経験から得た感覚をもとにして組み立て言葉」です。

例えば、『スラムダンク』という漫画に出てくる「左手はそえるだけ」という言語。
または、音楽の時間に先生が言う「頭を糸で引っ張られているイメージで」とう言葉。

これらが「わざ言語」です。

何かを経験し、それを言葉で説明しようとするとき、人はそれを感覚的に表現しようとします。

スポーツや専門能力などを身につけたことがある方は、特に共感できると思います。

わざ言語の役割

わざ言語の役割は大きく3つあります。

1.言葉で説明しにくい事柄の伝承

2.共同作業する時の感覚の共有

3.うまくいった時の感覚の記録

「わざ言語」で最も身近な例は、「名言」や「ことわざ」です。

大昔の人が残したこれらの「わざ言語」は、現代でも多くの人たちの生きる糧となっています。

ですが、「わざ言語」にも一つだけ、難点があります。

それは、「わざ言語」はあくまで、その人特有のものであるということです。

「わざ言語」は感覚的な言葉ですから、比喩を使います。

比喩というのは、その人の感覚によって、異なります。

「ローマは1日にしてならず」という諺は、「水滴石を穿つ」という言葉とも、「険しい丘に登るためには、最初にゆっくり歩くことが必要である(シェイクスピア)」という言葉とも同じ意味です。

ですので、「わざ言語」を伝承し、理解するとき、人はそのズレを少しずつ自分なりに消化していき、自分なりの「わざ言語」を作り出す必要があるのです。



「わざ言語」は発することに意味がある

人は何かを習得すると、最初の頃の状態を忘れます。

「自転車に乗れなかった時のこと」
「掛け算をできなかった時のこと」
「英語をスラスラ読めなかった時のこと」

その時の状態を鮮明に覚えているとするなら、それは「わざ言語」のスペシャリストです。

できなかった時の状態から、できるようになった時、人は言葉で発さずとも、頭の中で言葉にしているはずです。

「空き缶を両足で交互に踏むようにペダルを漕ぐ」
「歌を歌う要領で数式を唱える」
「音声の後を、まるで影を追うように、唱える」

経験を言葉にする習慣がある人は、何かを身につけるスピードも格段に上がります。

なぜなら、自分がなぜそれをできるようになったのかを、自分の言葉で説明できるからです。

野球のイチローさんは言いました。

「僕は天才ではありません。 なぜかというと自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです」

また、「ハーレルヤ、ハーレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハァレールヤ〜」の『ハレルヤ・コーラス』で知られるゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルは、自分の作品が完成するまでのプロセスを全て完璧に記録する習慣があったそうです。

私たちもイチロー選手と、ヘンデルを見習うことができます。

まず今できない状態を自分なりの言葉にし、そして一歩前進したら、その前進した理由も言葉にする。

そうやって「わざ言語」と共に身につけた技術は、きっと他の事柄にも応用できるはずです。

さぁ、今日から「わざ言語」を極めましょう!



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