ここは今から倫理です。—— 不安は自由のめまいだ(キルケゴールより)

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本日は「ここは今から倫理です。」の一巻に登場してくる名言を取り上げていきたいと思います。

一巻の中に5つのエピソードが入っています。

それぞれの話はどれも深く、何度読んでも面白い作品です。

ぜひ皆さんも一度読んでいただけてら幸いです。

今回は、一巻の各エピソードに出てくる名言を取り上げていこうと思います。ネタバレなしでいきたいと思いますので、皆さんもぜひ読んでみてください。

絶対後悔しない作品です。

ここは今から倫理です。 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

あらすじ

作者の雨瀬シオリさんの書かれた作品の「ALL OUT」というラグビー漫画が好きで、その続編で今回の「ここは今から倫理です。」を手に取りました。

雨瀬シオリさんの描いてる作品は絵がどれもめちゃくちゃ似てるので、「あ、ALL OUTのあいつに似てる」みたいな感じで、楽しみながら読むことができました。

簡単に、あらすじを紹介します。

 とある学校で、「倫理」の教師をしている高柳。
 彼の担当している選択科目「倫理」をとった、さまざまな悩みを抱えてる生徒たち。
 そんな彼らと心から向き合い、倫理を通して「生きるとは何か」について考えていく物語。

20代から絶大な人気を集めている作品ですが、年齢関係なく、多くの方が楽しめる作品となっています。

ぜひ読んでみてください。

何がために学ぶのか

一巻より

愛こそ貧しい知識からの豊かな知識への架け橋である。
——マックス・シェーラー


僕の周りには「大学が全て」という価値観を持った方がたくさんいます。

「いい大学に入ったらから、遊び果たす」
「Fランの大学だから俺もう無理だ」

僕が大学の図書館で哲学の本をたくさんのメモ取りながら読んでいると、
「なんでそんなに勉強してんの?」
「仮面浪人?」
などと笑われたりします。

僕はたくさんの本を読んでいくにつれて、どんどん本を読みたくなってきました。

最初は漫画から始まり、次にアニメをみて、アニメの原作を目当てにライトノベル、気がついたら、小説やビジネス書を読み耽っていました。

最初は「漫画が好き」「アニメが好き」そんな「好き」という感情から動き出した行動がいつの間にか学びへと繋がっていました。

行動の原動力は「好き」という感情からくるのかもしれません。

スラムダンクが「好き」だからバスケやる。
小説が「好き」だから小説家になる。
音楽が「好き」だからバンドをやる。

「好き」という感情をこれからも大切にしていきたいです。

経験

一巻より

なんと言っても最上の証明は経験だ

——フランシス・ベーコン


「百聞は一見にしかず」なんて言ったりするが、それは少し違うと思います。

そもそも、「聞く」と「見る」は全然違うことであると思います。
「しかず(及ばない)」という言葉で、両者を比較していますが、そもそも別の次元の言葉です。
漫画とアニメくらい違います。

今の世の中は、「聞く」があまりに多い。

「それはAIにとって代わるらしいよ」
「今、これが流行ってるらしいよ」
「その仕事はうまくいかないからやめたほうがいいらいいよ」

確かに「聞くこと」は大切です。
全てのものごとを経験することは不可能です。

ですが、自分がやりたいと思ったことは「聞く」ではなく、「見る」、もっと言えば「経験する」にシフトすべきだと思います。

小説家になりたいと親に言うと、ほとんどの親御さんは反対されるでしょう。

ですが、それはただ単に「聞いた」だけです。

我々にストップをかける人たちは、いつも「聞いた」だけの人たちです。

彼らの中に、どれほど、本当に小説家を目指した人がいるでしょうか?
どれほど、「見た」人がいるでしょうか?
どれほど「経験した」人がいるでしょうか?

結局、自分の好きなことは「見」て「経験する」まで何もわからないのです。

善行とは何か?

一巻より

善なるものは吾これを善とし 
不全なるものは吾これを不全とす
は善なればなり

——老子


僕の大好きな「偽物語」という作品のなかにこんなものがあります。

「偽。つまりは人為や。善はもとより全て偽善であり、だからこそ、そこには善であろうとゆう意図がある。ちゅうてな」

僕はこの言葉が大好きです。

中学生の頃、僕は、自分の周りで善行をする人は自分の周りの風景をよくしたいだけの偽善者だと考えていました。
とても性格のひん曲がった子供ですね。

だが、この言葉に出会った時、価値観が変わりました。
パラダイムシフトが起きたのです。

偽物であるからこそ、善であろうという意図がある。
だから善行は多くの人たちを幸せにするのだと考えるようになりました。

ただ、その善行が本当に自分以外の人たちにとっても善行なり得るのかは難しい問題ですね。

つまるところ、徳は善なんでしょうか?

他人はコントロールできない

一巻より

何を読もうと聞かされようと
自分自身の理性が同意した事以外何も信じるな

——ゴータマ・シッダータ


結局、人は他人を動かすことはできません。

どんなに頑張って熱弁しても、

どんなに頑張って告白し続けても、

どんなに頑張って筆舌を尽くしても、

結局、全てを決めるのはその人自身です。

どう感じるか・どう考えるかは相手次第です。

相手をコントロールできない、相手のことがわからない、心が理解し合えない。


だからこそ、できることもあるかもしれませんね。

自由とは何か

一巻より

不安は自由のめまいだ

——キルケゴールより


「自由は不自由の始まり」

そんなことを中学生の頃、作文で書いた思い出があります。

結局、自由とはなんなのだろうか?当時から、こればかりをずっと考え続けてきた。

そして、まだ答えは出ていません。

だた自由の一つの構成要素になり得ることがあるとするならそれは「できる」と言うことだと思います。

「『できる』ができること」それが僕の自由に対する結論です。

友達と遊ぶことができる。
学校に行くことができる。
勉強することができる。

「できる」は「自由」である。

だからこそ、逆にこうとも考えられる。

「できない」ことを「できる」ようにすることもまた、自由である。

自由を不自由と感じている人は、不自由を自由にすることから始めているみるの一つの手からもしれませんね。

おわり

僕はこの作品を読んでから、名言を調べることが趣味になりました。

いつか困った人がいたら、高柳先生のように背中を向けながら、その人の心に響く言葉を口ずさみたいものです。

言葉は本当に素晴らしい。

感情を伝えることはできないかもしれないけど、感情を動かすことができる。

僕も言葉で困ってる人を救いたいと強く感じた漫画でした。

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