センスメイキング
みなさんは、「センスメイキング」という言葉をご存じでしょうか。
センスメイキングは、「アルゴリズム思考」の対局をなす考え方です。
「アルゴリズム思考」はその名の通り、量をもって、対象物を定義し、計算できるようにしたアプローチ方法です。
それに対し、「センスメイキング」は、実践的な知恵(実践知)をベースに、文脈をふまえ解釈するアプローチする方法です。
「アルゴリズム思考」が量をこなす考え方であるのに対し、「センスメイキング」は奥行きを追求する考え方と、いえます。
「個」ではなく「文脈」をみる
私たちは、大抵、一つの事柄を、一つの事柄としています。
例えば、「お酒を飲む」という行為。
ただ「お酒を飲む」という行為にも、いろいろな背景があるはずです。
自分へのご褒美。 ストレス発散。 仕事の失敗。
「お酒を飲む」という行為、一つとっても、意味のつながりは、いく数にも考えられます。
それが、「文脈で考える」という行為です。
創造性とは混沌としている
「決まった思考プロセスがある」と、私たちは思いがちです。
たとえば、何かビジネスのアイディアを捻り出そうとする時、大抵、「よし、アイディアを出そう!」とし、「しばらくしたら、アイディアが生まれるはず!」と思って行動します。
しかし、このような「意図的な創造性」は、むしろ創造性を邪魔します。
本来、創造性というものは、もっと深く混沌としたものです。
先ほどの幻想と違い、現実は、二つの大きな海によって成り立っています。
「文脈の海」と「混沌の海」です。
我々は、いつもこのどちらかの海を泳いでいます。
そんな海の中で、考えるのが、創造性です。
決まった思考のプロセス、「文脈の海」だけが、問題が解決することがあるかもしれません。
しかし、いつもではありません。
時には、「混沌の海」を彷徨っているはずです。
体系化されたモデルに左右されず、混沌の過程をどうにか乗り越えた先に、物事の理解があります。
創造性とは、混沌としているのです。
おわり
「数字」は論理的で、説得力があり、絶対神です。
しかし、世の中「数字」だけで回っているわけではありません。
社員の給料は「数字」としてわかります。しかし、社員の仕事に対する熱意は「数字」で理解することができません。
しかも、「数字」で表せないものに限って、一番重要な事柄だったりします。
ではそのような時、どうすれば良いのでしょうか。
それは、フィーリングです。
時には「直感」に、時には「実践知」に、時に「気分」によって、決めればいいのです。
私たちの中には、自然と、世の中の数値からできない事柄を、数値化する「メーター」が備わっています。
「今日はなんだかお母さんの気分が20%悪くなっているな」とか 「なんか社長、機嫌が10割増で悪いぞ」など。
数字で見えないからこそ、数字に似た自分の中の感覚に頼る。
それも重要なことです。
ボーナストリビア:「冷たい」の語源は「爪が痛い」
「身体全体」で気温などの低さを感じる時、「寒い」という表現をします。
しかし、指先や耳など、「身体の一部」で感じる場合には「冷たい」という表現を使う。
といったふうに、私たちは何気なく、これらを使い分けています。
でも、なぜこのようなことが起きているのでしょうか。
それは、「冷たい」という言葉の語源にあります。
「冷たさ」という概念がまだなかった頃、指先が冷えきってかじかんでしまうことを、人は「痛み」と認識していました。
この時、この感覚のことを、「爪痛し」と呼んでいました。指先の冷えを、痛みだととらえたわけです。
これが「つめたし」になり、平安時代の書物には「冷たし」という字が現れるようなります。
これが最終的に、現代でも使われている「冷たい」に転化したのです。
感覚によって生まれた言葉。
何かを作るという行為は、元来、論理よりも感覚によるところが大きいかもしれませんね。