今回は、メンタリストDaiGoさんが書かれた『運は操れる』から、「生まれた環境は、幸福度に10%しか影響しない」、についてです。
「運がいいな」はウソ
「運がいいな」「ついてるな」「ツキがきた」と感じたことが、皆さんもあると思います。
自分の予想以上の結果が出ていると、それは「ツキがきたからだ」と考えがちです。
さらに、「禍福は糾える縄の如し」という諺にあるように、運と不運には周期があり、人間は運気の流れに翻弄されている、と考えるのが一般的です。
しかし、統計学は、明確に、その周期や運気の流れを否定しています。
2014年、ロンドン大学の研究者たちがギャンブラーの「ホットハンド現象」について、調査を行いました。
「ホットハンド現象」とは、連勝を始めたギャンブラーほど、連勝が続くという現象のです。
「ホットハンド現象」は、ギャンブルだけでなく、投資などの分野でも同様の現象が見られます。
そこで、研究者たちはオンラインカジノでプレーするギャンブラーたちを観察し、その原因を探りました。
すると、次の3つの事実がわかりました。
①ギャンブラーは、2回続けて勝った時点で(波がき始めた時点で)、「次は負けるのではないか」と不安になる。
②その不安で、連勝したギャンブラーはそれ以降、負けにくい安全な賭け方をし始める。その結果的に、大きな負けを被る可能性が低くなり、勝ちが続いているように見えやすい。
③一方、負けたギャンブラーは「負けたぶんを次で取り戻そう」という心理が働き、焦りとともにリスクの高い賭けをし始める。その結果、どんどん負けが込んでいき、ツキがないように見えてしまう。
つまり、ギャンブルの勝ち負けとは、運気の流れではなく、目の前にある結果を、本人がどう判断し、行動したかによって決まるのです。
「宝くじに当選」は運では?
ただ、運と言っても、上記のようなコントロールできる運と、「宝くじに当選」と言ったような、コントロールできない運とがあります。
では、「宝くじ」で一夜にして、億万長者になった場合。
これは、幸運だと言えるのではないか、と疑問を持たれたかもしれません。
しかし、それは違います。
お金による幸福は、身の丈にあった量によって、もたらされるからです。
例えば、自分で稼いだこともない、小学1年生が1億円を手にした場合。
これは果たして、幸運なことだと言えるのでしょうか?
お金とは、その人の身の丈にあった量を持つことで最もパフォーマンスを発揮します。
相応の努力をして年収1億円を稼ぐようになった人は、 1億円の使い方やお金の節約の仕方を身につけています。
ところが、転がり込んできた幸運で大金をつかんだ人は、衝動システムに押し流され、浪費を繰り返すようになります。
転がり込んできた幸運を生かせるかどうかは、その人が運を味方にする準備ができているかどうかにかかっています。
生まれた環境は、10%!
次に、「生まれた時点での貧富の差」についてです。
「億万長者のいえに生まれるのと、平凡な家に生まれるのとでは、圧倒的に、幸福度が違うのではないか?」
そのような疑問を持たれる方も多いと思います。
しかし、人の幸福度を研究している心理学者ソニア・リュボミアスキーは、「生まれ持った環境は 10%しか幸福度を左右しない」と結論づけています。
「幸福の物差し」として用いられがちな「裕福か、貧乏か」「健康か、病気がちか」「器量がいいか、人並みか」といった違いが、幸福度に占める割合は 10%ほどでしかないと指摘しています。
そして、幸福度を左右する要素の 50%は、「遺伝的(前向きかどうかなど)」に決定されているとしたうえで、残りの 40%は「行動」によって変えることができると分析。
自分の行動は、自分でコントロールできます。
だからこそ、自分のことを、「生まれた環境が悪かった」「自分には運がなかった」などと考えるかどうかが重要なのです。
おわり
大切なのは、「自分で自分自身の人生をコントロールできる」という意識です。
手塚治虫さんが書かれた作品に『ブラックジャック』という、お医者さんの物語があります。
その物語の一つに、『奇跡の腕』というお話があります。
それは、ある寿司職人のお話です。
その職人は、「目の不自由なお母さんに、日本一のお寿司を食べさせたい!」という夢を抱き、長い年月、お寿司の修行に励んでいました。
そして、寿司職人は、ついに、日本一のお寿司を握れるようになります。
翌日、早速、お母さんのところに帰ろうとした矢先、信号を無視して突っ込んできたトラックに轢かれてしまい、両手を失うことに。
数日後、寿司を握れなくなった職人に、トラックの運転手は、謝りに行きます。
運転手は、こっぴどく叱られることを予想していましたが、寿司職人の放った言葉は、違いました。
「俺の腕になってほしい。俺の腕になって、日本一の寿司を握って欲しい」
寿司職人は、たとえ、腕をなくしても、「目の見えない、お母さんに、日本一の寿司を食べさせる」という夢だけは、決して曲げなかったのです。
「災い転じて福となす」という諺にあるように、その起きた出来事を、幸か不幸か、それを決めるのは、いつだって、己自身です。
どうか、自分に負けないでください!
おまけ雑学:『ホーム・アローン』
90年代に大ヒットした映画『ホーム・アローン』という作品があります。
ある一家が総出で、旅行に行ってしまい、主人公のケビンだけが、屋敷に一人取り残されてしまう、というお話です。
このシリーズの、主人公ケビン役で主演していたのが、「マコーレ・カルキン」です。
マコーレは、父(舞台俳優)の勧めで 4歳からバレエを始め、 7歳で映画デビュー、 9歳で『ホーム・アローン』の主役に抜擢されます。
15歳で、役者を引退時、1700万ドル(約19億円)ものお金を稼ぎました。
まさに、生まれた環境が幸福な人物です。
しかし、カルキンの活躍と大金によって、父と母の関係はこじれ、家庭は崩壊。
1995年に破局を迎えた両親が、子どもたちの親権を巡り裁判を起こしました。
それに対してメディアは、両親は親権ではなく、マコーレーの稼いだ、19億円欲しさに、争っていると騒ぎ立てます。
本人もティーンエージャーの時代には麻薬中毒になり、逮捕されました。
はたして、カルキンは幸運な人生を歩んでいるのでしょうか。
見方によっては『ホーム・アローン』に出演したことが、最大の不幸だったとも言えます。
しかし、ところが、どっこい!
彼の、その後の人生は、決して「不運」などではありませんでした。
役者引退後、彼は、高校に通います。同世代の友達がいなかったマコーレにとって、100万人の知り合いはいたけど、友達がいなかったマコーレにとって、これは何よりも幸運なことでした。
マコーレはその後、同級生との結婚を理由に、中退をします。しかし、その結婚は2年しか続きませんでした。
「またもや、不幸が……」と思いきや、ところがギッチョン!
離婚成立からすぐに、また新たな女優さんと出会い、交際に至ります。交際は9年続き、また破局したそうですが……。ところがまた! と彼の人生は、どんどん続いているわけです。
さて、彼の人生は「不幸」なのでしょうか? それとも、「幸運」なのでしょうか?
残念ながら、そんなことは、マコーレだけが知ることでですし、マコーレ自身も知らないかもしれません。
結局、その人の人生が、「幸運か不幸か」を決めることは、その人が死ぬまでわからないのです。
そして、死んでしまえば、そんなことはもう、どうでもイイことです。
私たちは、今、生きています。
生きていること。ただそのことだけを感謝して、自分が思う「最高の人生をまっとうすること」。
それこそが、本当の「幸運な人生」と言えるのかもしれません!