本日取り上げるのは、「お金と人間の関わり」についてです。
我々の生活は、お金に支配されています。
時には怯え、時には崇め、時には楽観する。
このように、お金は人間にさまざまな感情を呼び起こします。
お金は人を王様にする
人生ゲームの不動産バージョンで、『モノポリー』というゲームがあります。
このモノポリーを使った実験で面白いものがあります。
その実験では、ある特定の被験者を、これでもか、というほど優遇し、その人に都合の良いようにゲームを展開していきます。
すると、その被験者は当然、たくさんの不動産と資産を手に入れるわけですが、ゲームが続いていくに従って、それ以外のモノも手に入れます。
その人は、勝てば勝つほど、行動が粗暴になっていき、ゲームの部品を乱暴に扱ったり、声を荒げたりするようになります。
また、ゲーム終了後には、自分の勝因は、全て「自身の努力」と「判断の的確さ」にあると雄弁に語るのです。
つまり、お金をたくさん持った人間は、自分を「特別扱いされるべき人間」だと認識するようになる、ということです。
仮想世界でこれなのですから、現実世界なら言うまでもありません。
お金は人を不幸にする
人は「時は金なり」という言葉が大好きです。
何をするにも、時間をお金と換算する傾向があります。
しかも皮肉なことに、これは、多く稼いでいる人ほど、そうなる傾向が強いのです。
年収の多い人ほど、自分の時間単価を知っており、「ああ、こんな時間があれば、俺なら数百万円稼げたのになぁ」などと考えるようになります。
時給が上がっても、人は幸せにはなれないのです。
むしろ、時間をお金とみなす考え方は、幸福度を下げてしまいます。
そういう人は、仕事以外の時間も、全て時給換算するようになり、何かをしている時も、すぐにお金のことばかりを考え、日常を楽しめなくなるのです。
毎日が挑戦の連続で、とても楽しかった小学生の時の時給は、0円であったのですから、皮肉な話です。
お金は人をバカにする
詐欺師が悪者キャラとして定着している要因は、お金のない人から、お金を騙し取るからだと思います。
でも残念なことに、これはある種、必然とも言えるのです。
砂糖に虫がたかるように、貧乏人に詐欺師がたかるのは、原因があります。
なぜなら、お金はその人の思考力を低下させてしまうからです。本来なら嘘だと気づける事柄にも、お金によって、彼らの思考力は低下し、どんどん騙されてしまう。
「貧すれば鈍する」とはよく言ったものです。
インドのサトウキビ農家を対象にした、ある実験があります。
その農家は、収穫期直後は、たんまりとお金を手にします。しかし、収穫期直前は、いつも生活がカツカツになってしまいます。
そしてそれぞれの時期に、IQテストを実施します。
すると、収穫期直前、つまりお金がほとんどないときの方が、圧倒的に、成績が悪かったそうです。
またこれは、たまたまその時の問題が難しかったから、とか、そういうわけではありません。
その時の脳みその動きの悪さは、徹夜した直後の脳みその働きとほとんど変わらないそうです。
ここからは少し余談になりますが、
人の脳みそには、論理的思考・長期的記憶を促す「前頭前野」と、短期的な欲望・快楽を司る「扁桃体(へんとうたい)」という部分があります。
お金による不安が増大すると、「前頭前野」の活動が阻害され、「扁桃体」の活動が活発になってしまう。
これが、お金が人の知能に影響を及ぼし、冷静な判断をできなくさせてしまう原因です。
最後に
「大学生の知能レベルは、小学生の時から変わらない」などと言われますが、確かにそうかもしれません。
僕たちが日常生活で使っているのは、主に四則演算です。
足し算と引き算を小学生時代に極めてきた私たちは、このスキルを日常生活で余す所なく、使いまくってます。
ただ、だからこそ、四則演算ができなかった頃の、物事を数値として知覚できなかった頃の、概念を忘れがちです。
我々は、初めて二足歩行ができた日のことを覚えているだろうか。
初めて、言葉を喋れるようになったことを覚えているだろうか。
一人でトイレに行けるようになったことは。
初めての恋は。
多分、人が一生の中でもっとも価値を見出すのは、このような四則演算では導き出せない、答えのない、知覚できないものばかりなのではないないでしょうか。
一見、散財してしまったかに見えた旅行も、実は後々、思い出となって、その後の人生で一生楽しめるものになるかもしれません。
お金を使って、どんなことを体験し、体感し、経験したか。
それにこそが、お金の有意義な使い方なのかもしれません。
なにもない砂漠では、何千枚もの一万円札より、コップ一杯の水の方が価値があるように、「価値の尺度」はその時、その状況で目まぐるしく変わります。
「お金」という一つの価値尺度にだけ囚われず、その時その瞬間で、何がもっとも大事なのか、自分自身で考え、行動することこそがもっとも大切なのかもしれません。
(参考文献)