【旧約聖書㊱】ヨシュア記スタート! 〜 「赤い紐を結んでおいて下さい」

知識
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歴史書

今回から、『旧約聖書』の “歴史書“ に入っていきます。

まずは「ヨシュア記」です。

これまでは、「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」と“モーセ五書“について扱いました。

もちろん、“モーセ五書“とありますから、主人公はモーセでした。

ですので今回も、「ヨシュア記」の主人公は、ヨシュアです。

モーセの死後、イスラエルの指導者となったヨシュアがいかにして民を、イスラエルを繁栄させていったか。

それがこれからの物語です。

ヨシュア

モーセの死後、新しく民の指導者となったのは、ヨシュアという人物でした。

ヨシュアはもともと、偵察隊の1人でした。

ただ、他の偵察隊と違うところが一つありました。それは、彼が他の誰よりも神を信じていたことです。

先代がはじめて、カナンの地へ赴いた時もそうでした。彼は、目に見える現実や、周りの意見や空気よりも、神に従ったのです。

そのため、新たな指導者としてヨシュアが選ばれたのでした。

最初の仕事

ヨシュアがまず取り組んだのは、戦の準備です。

なぜなら、神の命令は「カナンの地に住む民族を滅ぼすこと」だっからです。

まず、ヨシュアは2人を偵察に向かわせました。

前回の失敗もあるので、ヨシュアは最新の注意で、信頼のおける2人の偵察者を選びました。

2人の斥候

選ばれた2人は、ヨルダン川を渡り、エリコという町に入りました。

そこで彼らは、ラハブという遊女が主人をしている宿屋に泊まります。

しかし、夜になると、ある事態が起こりました。

なんと、兵士たちが自分たちの存在に気づいたのです。

2人が「どうする?どうする?」とあたふたしていると、ラハブが2人を奥の部屋へと隠しました。

しばらくすると、戸を叩く音がします。

ラハブが戸を開けると、案の定、エリコの兵士たちがいました。

「イスラエル人が来ているはずだ。どこにいる?」

しかし、ラハブは素知らぬ顔で「もう帰りました」と答えました。

兵士たちは特に疑う様子もなく、「そうか」と言って、宿をあとにしました。

赤紐の約束

兵士たちをやりすごせたことに、2人は感謝しました。

そして、「どうかお礼がしたい」という2人。

すると、ラハブは「それなら」と一つのお願いを言いました。

「ぜひ、わたしの家族を助けてください」

「私たち、エリコの民は、あなた達がエジプトからどのようにして逃げてきたかを知っています。海を割ったことも、ヨルダン川の向こうにいた王、シホンとオグを滅ぼしたことも。私たちはすべて聞き及んでいます」 「そんな民が攻めてきたなら、私たちが勝てるはずがありません。エリコの民も、それを恐れているのです」

「ですから、どうか、戦いが起きる時、わたしと家族の命だけは、助けてください」

2人は「なるほど」とお互いに向き合った後、「では」と続けた。

「では、あなたの家の窓に赤い紐をつけておいてください。そうすれば、戦いが起きても、私たちがきっとあなたたちを助けます」

ラハブはその申し出に喜び、彼らの言うとおりにしました。

おわり

その後、2人はどうにか逃げ出し、イスラエルざ宿営している地に戻ってきました。

「敵はわたし達を恐れています。勝利は間違いありません!」

ヨシュアはその報告に頷き、ついに戦に出ることを決意しました。

あとがき:「期待」という毒

この世の中で最も怖いのは「期待」だと思います。

「期待」とは、つまり未来に起こる願望です。

神様が助けてくださる。約束したから救ってもらえる。あの人は絶対大丈夫。私の子供だからきっと大成する。次はきっとうまくいく。

このどれも「期待」です。

アインシュタインは、「この世で際限がないのは、宇宙の広さと人間の愚かさだけだ」という箴言を残しました。しかし、「期待」もまたその一つだと思います。

例えば、ギャンブル依存症。

この症状の怖いところは、お金がなくなることではありません。

「期待」なくならないところにあります。

期待がなくならないから、お金も時間も注ぎ込むし、借金もするし、売春もするし、会社のお金を使ったりもする。

「期待依存症」が人生を破滅させるのです。

ただ、パチンコやパチスロといった「期待」を増幅させる商売は、合法なものとなっています。

ですから、一概に業者たちを「悪」と断罪することは筋違いです。

しかし、パチンコに興じてる間に、車中に放置された赤ちゃんが命を落とす、などといった悲劇が起きてる昨今。

私たちはもっと、「期待」という毒に対する理解を深めていく必要があるかもしれません。

(参考)

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