誰もが幸せを願って生きています。
人生に置いて重要なのは、お金でも権力でもなく、「幸せ」なのだと。
ですが、その「幸せ」というのも漠然としていて、例えそれが人生の「ゴール」であり、終点であったとしても、我々はそれを視認することができません。
ですから、人は「幸せ」を、目に見える「お金」や「権力」だと考え、それを目指して生きているのではないでしょうか?
そもそも「幸せ」とは?
「幸せ」という言葉を辞書で調べると、たくさんの定義が出てきます。
ですが、科学的にそれを説明するならば、意味は3つに絞ることができます。
「健康的な幸せ」「つながりの幸せ」「成功の幸せ」です。
それぞれ、「セロトニン」「オキシトシン」「ドーパミン」という、三つの脳内物質が、関係しています。
心と体の健康が「幸せ」を呼ぶ!
まずは、「健康的な幸せ」についてです。
この「幸せ」は、体だけでなく、心の健康も含まれています。
「体調がいい」「清々しい」「爽やか」といった体感や気分などになると、セロトニンを分泌し、我々は幸せだと感じるようになるのです。
そして、このようなセロトニンを分泌させるための行動としては、
・朝散歩
・睡眠(7時間以上)
・運動(一日20分)
・定期的に椅子から立つ
・ダイエット
・リラックス
などが挙げられます。
孤独はだめ!
次は、「つながりの幸せ」についてです。
これは、他者との交流によって生じる「幸せ」です。
恋人や友人、家族などと一緒にいる時に感じる「楽しい」「嬉しい」「面白い」といったようなもので、この時に出る「オキシトシン」という脳内物質が、「幸せ」を感じさせてくれるのです。
またこの幸福は、人に限らず、ペットや植物などの他の生物や、ボランティアなどの親切な行為によっても生じる幸福です。
オキシトシンを分泌させるための行動としてオススメなのが、
・感謝の言葉を口にする
・悪口を言わない
・親切にする
・信頼する
・コミュニケーション
などです。
ペットと戯れたり、子供と遊んだり、相手を喜ばせたりするのもいいですね。
「欲求」からの幸せ
そして最後は、「成功の幸せ」です。
お金を得たり、大会で優勝したり、テストで100点をとったりすると、脳はドーパミンを分泌し、それによって「幸せ」だと感じます。
またそのほかにも、承認欲求や、性欲、食欲など、人間の欲求が満たされた時にも、ドーパミンは分泌されます。
ドーパミンを分泌させるための行動としては、
・散歩(たった10分でドーパミンが分泌され、脳が臨戦態勢になる)
・簡単な目標を設定し、クリア
・定期的なアウトプット
・自己投資
・ToDoリスト
・遊ぶ
・時間を短く区切って集中する
などがオススメです。
「幸せ」になるには?
では私たちが「幸せ」になるために、具体的にどのようにすれば良いのでしょうか。
それは、「段階をふむ」ことです。
いきなり、三つ目の「成功の幸せ」を手にするのは、とても難しいです。
例えるなら、小学校を出ずに、いきなり高校生になるようなものです。
ですのでまずは、「健康の幸せ」を目指すところから初めてみてはいかがでしょうか。
その次に「つながりの幸せ」、そして最後に「成功の幸せ」へとステップを踏んでいくのです。
いきなり「成功」を目指してしまうと、「健康」と「つながり」を疎かにしてしまい、結果、全ての「幸せ」が叶わず、不幸になってしまう可能性が非常に高いです。
ですので、最初は、まず、自分でコントロールできる「健康の幸せ」から初めて見るのが良いと思います。
そうすることで、まずは、自分個人が幸せになり、そして、周りの人も自分の影響で、徐々に幸せになっていき、最終的に、「成功」という形で、「幸せ」が見える形になっていくのだと思います。
ですので、ぜひ焦らず、一歩一歩、自分にできるところからコツコツと「幸せ」を積み上げていっていかがでしょうか。
おまけ:幸せは測れる⁉︎
『サーチ・インサイド・ユアセルフ』という本によれば、脳の中の幸せの度合いは、測定できるそうです。
といのも、左の前頭前野と右の前頭前野の特定領域で活性化の度合いを比べればいいだけなのだとか。
左の前頭前野の活性化の度合いが相対的に高い人ほど、喜びや熱意、活力といったポジティブな情動を多く報告していて、また、その逆も言えて、右の前頭前野の活性化の度合いが相対的に高い人は、ネガティブな情動を報告しているそうです。
本書の中で、世界一幸せそうな人として紹介されている、マチウ・リカールという人物の脳をスキャンすると、前代未聞の幸せの測定値が得られたそうです。
彼の幸せの度合いはそれまでの科学研究で誰も足元にも及ばないほど高かったのだとか。
これから数年後、心拍数や血糖値などと同様に、健康診断で、「幸福値」なるものも出てくるのかもしれません。
つまり、「あなたはオキシトシン的幸福値が低いので、早く結婚してください」と、お医者さんに言われる日が、すぐそこまできているかもしれない、ということです。
また、そうなれば、今の資本主義社会に置いて、我々は「お金」より「幸せ」こそが、最上のものだと考えるようになるのでしょうか。
はたまた、「幸せ」までも数値化し、「お金」へと変えてしまうのでしょうか。
もしかしたら、「幸せ」がコンビニに並ぶ日も近いかもしれません。