不審な神のことば
ギデオンは、戦いに備え、戦士たちと共に陣を張っていました。
すると、神は言いました。
「あなたは、一緒にいる戦士の数が多すぎます」
ギデオンは、驚きました。
これから戦を始めてるというのに、戦士が多すぎて困ることはない、と思っていたからです。むしろ一人でも戦士は、多いことにこしたことはない、と考えていました。
「それは違います。確かに、このまま戦うと、あなたたちは勝つでしょう。しかし、それにより ”イスラエルを救ったのは、私たちだ” と傲慢になるきっかけを与えてしまうことにもなります」
ギデオンは、内心「そんなことないだろ……」と思いつつも、神の命令に従いました。
減り続ける戦士たち
ギデオンは、戦士たちに問いかけました。
「今、戦いを恐れている者はいないか?その者は家に帰りなさい」
ギデオンがした、突然の発言に戦士たちは戸惑いながらも、互いに顔を見合わせました。そして、一人、また一人と戦士たちが帰っていきました。
こうして、3万3千人いた戦士は、気づけば1万人ほどになっていました。
ギデオンは、「こんなもので、戦に勝てるのか」と、ヒヤヒヤしながら、神の次なる命令を待っていました。
そして、しばらくしてまた、神の声がしました。
「戦士の数がまだ多すぎます。もっと減らしなさい」
こうして、神は、次なる指令を出しました。
「戦士たちを河辺に連れていきなさい。そして、そこでかがみ込み、川に口をつけて水を飲む者がいれば、その者も家に帰らせるのです」
おわり
こうして、最終的に残った戦士は、300人となりました。
ギデオンは、もともといた戦士の100分の1の数で戦うことになったのです。
ボーナストリビア:『用心しすぎたアラブの商人』
ユダヤ人が成功哲学として学んでいた本に、『タルムード』という本があります。
これは、1500年前に口伝律法とヘブライ学者が議論し、書き留めた議論集です。
そんな議論書の中に、『用心しすぎたアラブの商人』という物語があります。
ある時、アラブの若者が、商人として初めて砂漠の横断を試みました。
ただ、途中で砂嵐があると何日も足止めをされるので、用心のために三日の行程に必要な水樽の倍の六樽の水を運ぶことにしました。そのため若者は、都合二頭のラクダを買って出発することになりました。
このとき、若者は、「ラクダは目的地に着いて売れば、元を取れる」と考えていました。
ところが、途中でラクダが歩けなくなってしまいました。樽の重さにへばってしまったのです。
やむを得ず、若者はラクダを二頭とも捨て、一番重要な積荷だけ背負って歩くことにしました。
しかし、そんな時に限って、砂嵐が襲ってきました。
若者は、方向がわからなくなってしまいました。仕方ないので、その場に留まり、砂嵐が収まるのを待つことにした。
しかし、砂嵐は三日三晩も続き、食料は尽きてしまいました。
そして、四日目の朝、ようやく砂嵐は収まった時、若者には積荷を背負って歩く力は残されていませんでした。結局、若者は積荷を捨てることになりました。
それから若者は、水筒のみを腰に下げ、命からがら近くの村にたどり着いたのでした。
彼は、ラクダ二頭も、大切な積荷も、すべて失ってしまったのです。
この物語の教訓は、「過剰な用心は、良い結果を生まない」というものです。
準備に準備を重ね、いざ始めても、あらぬトラブルが起きたら、全てが頓挫する。
準備には限界があり、そして多くの場合、準備はしすぎた方が失敗する。
そんなことを学べる小話でした。
(参考)